徳川園の冬牡丹 のページ  撮影:2010年1月8日

名古屋城本丸の東約3kmの地にある徳川園は、徳川御三家筆頭である尾張藩第二代藩主光友が、元禄8年(1695年)に自らの隠居所として大曽根屋敷を造営したことを起源としています。(中略)光友の没後、この地は尾張藩家老職の成瀬、石河、渡邊三家に譲られましたが、明治22年(1889年)からは尾張徳川家の邸宅となりました。昭和6年(1931年)名古屋市は、第十九代当主義親から邸宅と庭園の寄付を受けた後、改修整備を行い、翌年「徳川園」として一般公開しましたが、第二次大戦の大空襲によってほとんどの建物や樹林が焼失してしまいました。戦後、現代的な都市公園として改修し、市民に利用されてきた徳川園は、平成13年(2001年)から日本庭園として再整備を行い、平成16年(2004年)に開園しました。徳川園は、矢田川の河岸段丘を生かした高低差のある地形、既存の照葉樹の森、立体的に迫る大きな岩組みが特徴で、変化に富んだ景観を劇的に展開する構成としています。(ガイドより記載)

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冬牡丹各種


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